IROHA 保存版ガイド・こころ
がんとグリーフ
「失ったように感じる気持ち」と、どう付き合えばいい?【保存版】
がんになったとき、失うように感じるのは「健康」だけではありません。からだの一部、これまでの役割、仕事、妊娠や出産の可能性、何気ない日常、そして思い描いていた未来。「以前の自分には戻れない」と感じることもあります。そんな喪失に伴う心の反応を、「グリーフ」と捉えることがあります。この保存版では、その気持ちを無理に前向きにするのではなく、知り、付き合い、必要なときに助けを求める方法を一緒に考えます。
- がんでは、健康・からだ・役割・仕事・未来など、周りから見えにくい「喪失」がいくつも重なることがある
- 悲しみ、怒り、不安、何も感じられないこと。どれも起こり得る反応で、悲しみ方に正しい順番や期限はない
- セルフケアは「悲しみを消す方法」ではなく、悲しみを抱える余力をつくる方法
- つらさで生活に支障が出ているときは、ひとりで抱えず相談を。がん相談支援センターは家族も無料・匿名で使える
- 支える家族にもグリーフがある。大切な人を亡くしたあとの悲しみには、別の目安がある
「消えてしまいたい」「死にたい」「自分を傷つけたい」という気持ちがあるときや、自分の安全を保つのが難しいと感じるときは、このページを読むことより、今すぐ誰かにつながることを優先してください。電話やSNS・チャットで相談できる窓口が、厚生労働省「まもろうよ こころ」にまとめられています。
相談窓口を見る(厚生労働省「まもろうよ こころ」)IROHAは、緊急時にリアルタイムで対応できる相談窓口ではありません。命の危険が迫っているときは、迷わず119番・110番に連絡してください。
いま、どの気持ちに近いですか?
このページは長いので、今のあなたに近いところから読んでください。
「グリーフ」は死別だけではありません
グリーフ(grief)は、日本語では「悲嘆」と訳され、大切な人を亡くしたあとの悲しみを指して使われることの多い言葉です。
大切にしていた人・からだ・役割・生活・未来などを失った、あるいは失うかもしれないと感じたときに生じる、さまざまな心と体の反応を表す言葉として使います。これは、このページで理解しやすくするための広い意味での使い方で、病名を意味するものではありません。
国立がん研究センターは、がんと告げられたあとに、ショック、怒り、自分を責める気持ち、不安、落ち込み、眠れない、食欲が出ない、集中できないといった変化が起こり得ることを説明しています。こうした反応の多くは、大きな出来事に向き合ったときの自然な反応です。
また、がんのように、この先の変化をある程度予想しなければならない病気では、まだ起きていない喪失を前もって悲しむことがあります。これを「予期悲嘆」と呼び、患者さん本人だけでなく、支える家族にも起こります。
がんになると、何を「失った」と感じる?
「何を失ったのか、自分でもよく分からない」。そう感じる方は少なくありません。下のカードを見ながら、自分に近いものがあるか、ゆっくり確かめてみてください。当てはまるものがあっても、なくても、どちらでも大丈夫です。
失ったのは、健康だけではないかもしれません。
そう気づくことが、自分の気持ちを大切にする第一歩になります。
喪失は、心の問題だけではありません。妊娠・出産の可能性、外見の変化、仕事やお金など、具体的な情報や制度が助けになるものもあります。IROHAの関連する保存版もあわせてご覧ください。
- お住まいの地域で使える「医療用ウィッグの助成金」徹底解説【保存版】
- がんになったら最初に確認したい「お金の制度7選」徹底解説【保存版】
- 妊孕性(にんようせい)について(国立がん研究センター がん情報サービス)
悲しい、怒る、何も感じない。どれもあり得ます
喪失への反応は、人によってまったく違います。
| 現れ方 | たとえば |
|---|---|
| 気持ち | 悲しい、怒りが湧く、不安、自分を責める、さびしい、ほっとする気持ちと罪悪感が混ざる、何も感じられない |
| からだ | 眠れない、食欲が出ない、疲れやすい、胸が苦しい感じがする |
| 考え方 | 集中できない、同じことを何度も考えてしまう、「なぜ私が」と考え続ける |
| 行動 | 人に会いたくない、逆に忙しく動き続ける、病気の話を避ける |
涙が出ない人も、明るくふるまう人も、それぞれのやり方で喪失に向き合っています。「こう感じるべき」という正解はありません。
悲しみには「正しい順番」がある?
「悲しみには段階がある」という話を聞いたことがあるかもしれません。国立がん研究センターも、がんへの心の反応を「ショック・混乱」「不安・落ち込み」「新たな生活への出発」といった流れで説明していますが、同時に、不安や落ち込みは治療前・治療中・治療後のどの時点でも起こり得るとしています。
少し落ち着いたと思ったあとに、検査の日、記念日、誰かの一言などをきっかけに、気持ちが再び大きく揺れることもあります。それは「後戻り」ではなく、喪失と付き合っていく中で自然に起こることです。
「まだ受け入れられていない」と自分を評価する必要はありません。
今日できること
ここで紹介するのは、悲しみを消す方法ではありません。悲しみを抱えながら過ごすための、余力をつくる方法です。全部やる必要はなく、今の自分に合いそうなものを一つ選んでみてください。
| 今の状態 | やってみること |
|---|---|
| 気持ちが大きく揺れているとき | 大きな決断を急がない。休む。食べられるものと水分をとる。ひとりになりすぎない |
| 少し整理したいとき | 「今、何がいちばんつらい?」を一つだけ書き出す。診察で聞きたいことをメモする |
| 自分で決められる感覚を取り戻したいとき | 今日、自分で決められる小さなことを一つ選ぶ(散歩の道、食べたいもの、休む時間など) |
| 誰かと話したいとき | 家族や友人だけでなく、看護師、がん相談支援センター、心理職、同じ経験をした人(ピアサポート)にも話せる |
| 身近な人には話せないとき | 匿名で使える相談窓口を使う |
| つらさで生活が回らないとき | 主治医、看護師、緩和ケアチーム、心理職、精神腫瘍科・精神科・心療内科に相談する |
がん相談支援センターは、全国のがん診療連携拠点病院などにある相談窓口です。患者さん本人だけでなく、ご家族や、その病院に通っていない方も、無料・匿名で利用できます。治療、生活、お金、仕事、家族のこと、そして「何を相談したらいいのか分からない」という段階でも相談できます。
再発・進行と「未来を失った感覚」
再発や進行を告げられたとき、多くの方が「思い描いていた未来を失った」と感じます。最初の告知とは違う種類のつらさがあり、「また一からやり直し」「もう前向きにはなれない」と感じることもあります。
この感覚も、大切なグリーフの一つです。治療の目標が変わるときは、からだのことだけでなく、気持ちの整理にも時間が必要です。緩和ケアは、終末期だけのものではなく、診断されたときから、体のつらさと一緒に気持ちのつらさや将来への不安も支える仕組みです。
ひとりで抱えなくていいサイン
悲しみや不安があること自体は、病気ではありません。そのうえで、助けが必要な状態を見逃さないことも大切です。次のようなときは、ひとりで抱えず、医療者に相談してください。
- 気持ちのつらさで、日常生活(家事、仕事、身の回りのこと)に支障が出ている
- 眠れない、食べられない、集中できないなどが、何週間も続いている
- 好きだったことに、まったく興味が持てなくなった
- 自分を強く責める気持ちが、ずっと続いている
- 治療を続けるかどうかの判断が、気持ちのつらさで難しくなっている
- 家族として支えることに、限界を感じている
相談先は、主治医・看護師、緩和ケアチーム、心理職(公認心理師・臨床心理士)、精神腫瘍科・精神科・心療内科などです。どこに行けばいいか分からないときは、がん相談支援センターが入り口になります。
「消えてしまいたい」「死にたい」「自分を傷つけたい」という気持ちがあるときや、自分の安全を保つのが難しいと感じるときは、このページを読むことより、今すぐ誰かにつながることを優先してください。電話やSNS・チャットで相談できる窓口が、厚生労働省「まもろうよ こころ」にまとめられています。
相談窓口を見る(厚生労働省「まもろうよ こころ」)IROHAは、緊急時にリアルタイムで対応できる相談窓口ではありません。命の危険が迫っているときは、迷わず119番・110番に連絡してください。
医療者に伝えることば
「何と言えばいいのか分からない」ときは、下のことばをそのまま診察室で見せたり、読み上げたりしてください。
- 「病気になってから、気持ちの落ち込みが続いています」
- 「眠れない/食べられない状態が続いています」
- 「治療で失う可能性がある、からだの機能を教えてください」
- 「妊娠・出産や性生活への影響を、治療の前に知りたいです」
- 「外見の変化について、相談できる人はいますか?」
- 「仕事やお金のことを相談できる窓口はありますか?」
- 「心理職や、心の専門家に相談できますか?」
- 「緩和ケアに、今から相談できますか?」
- 「本人を支えることが、つらくなっています」
- 「本人にどう接したらいいのか分かりません」
- 「家族が相談できる場所はありますか?」
- 「本人の前では話しにくいことがあります」
- 「子どもに、どう説明したらいいでしょうか?」
- 「この先、起こり得る変化を教えてください」
- 「亡くなる前から受けられる、家族への支援はありますか?」
- 「私自身の心のケアも、受けられますか?」
スマートフォンでスクリーンショットを撮っておくと、診察のときに見せやすくなります。
支える家族にもグリーフがあります
がんは、患者さん本人だけでなく、家族の生活や未来も変えます。大切な人のからだや様子の変化を見ること、この先を想像することは、家族にとっても大きな喪失の体験です。
- 「本人のほうがつらいのだから」と、自分の悲しみを後回しにしていませんか?
- 本人の前では明るくふるまい、ひとりになると涙が出る。それも自然なことです
- 疲れや怒り、「早く楽になりたい」と思ってしまう自分を責める必要はありません
日本サイコオンコロジー学会の遺族ケアガイドラインでも、亡くなる前からの家族への支援が大切なテーマとして扱われています。がん相談支援センターは家族も利用できますし、病院によっては家族向けの相談や心理職の面談もあります。「私自身の心のケアも受けられますか?」と聞いてみてください。
大切な人を亡くしたあと
大切な人を亡くしたあとの悲しみは、多くの場合、時間とともに少しずつ形を変えていきます。日本サイコオンコロジー学会のガイドラインも、死別に伴う悲嘆反応の多くは時間の経過とともに軽くなる一方で、精神的な苦痛が強い場合には、適切な支援や治療が必要になるとしています。
「遷延性悲嘆症(せんえんせいひたんしょう)」とは
死別のあと、亡くなった人への強い思慕やとらわれが長く続き、生活に大きな支障が出ている状態は、「遷延性悲嘆症(Prolonged Grief Disorder)」という医学的な診断名で呼ばれます。国際的な診断基準では、死別から一定の期間(WHOのICD-11では6か月以上、米国精神医学会のDSM-5-TRでは成人で12か月以上)が経っていることが目安の一つになっています。
この期間の目安は、「大切な人を亡くしてから」の基準です。「がんと診断されてから6か月悲しい」ことが遷延性悲嘆症を意味するわけではありません。また、期間だけで判断できるものでもないため、自分で診断せず、気になるときは専門家に相談してください。
相談先は、精神科・心療内科、心理職、病院の遺族外来(グリーフ外来)などです。亡くなった方が通っていた病院のがん相談支援センターや緩和ケアチームに、相談先を聞くこともできます。
グリーフケアで分かっていること
「これをすれば必ず楽になる」という方法はありません。そのうえで、研究で分かってきていることを整理します。
| 研究 | 対象 | 主な結果 |
|---|---|---|
| 米国の比較試験(2005年) | 死別後に強い悲嘆が続く成人95人 | 悲嘆に焦点を当てた心理療法(複雑性悲嘆治療)で改善した人は51%。一般的な対人関係療法の28%より多かった |
| 米国の比較試験(2016年) | 死別後に強い悲嘆が続く成人395人 | 悲嘆に焦点を当てた心理療法で改善した人は82.5%(偽薬のみの群は54.8%)。抗うつ薬を加えても悲嘆の中心的な症状への上乗せ効果ははっきりしなかったが、併存する抑うつ症状の改善には役立った |
| オーストラリアの比較試験(2024年) | 遷延性悲嘆症の成人100人 | 悲嘆に焦点を当てた認知行動療法は、マインドフルネス認知療法より、治療6か月後の悲嘆の症状を大きく改善した |
一人ひとりの経験とつながる
PERSONAL STORY|一人の経験
ここから先は、医学的な解説ではなく、一人ひとりの経験です。同じ経験をした人の言葉が、「私だけじゃなかった」と思えるきっかけになることがあります。ただし、経過や感じ方は人によって異なります。
よくある質問
がんになって悲しいのは「うつ病」ですか?
悲しみや不安があること自体は、がんという大きな出来事に向き合ったときに起こり得る反応で、すぐに病気を意味するわけではありません。ただ、気持ちのつらさで日常生活に支障が出ている、眠れない・食べられないなどが何週間も続く、という場合は、主治医や看護師に相談してください。
グリーフは、死別だけに使う言葉ですか?
もともとは死別の悲しみを指して使われることの多い言葉ですが、この保存版では、がんに伴うさまざまな「喪失への反応」を広く表す言葉として使っています。ただし、医学的な診断名である「遷延性悲嘆症」は、大切な人を亡くしたあとの状態を対象にしたものです。
いつまで悲しんだら「普通」ですか?
悲しみ方に、一律の期限はありません。少し落ち着いたと思ったあとに、気持ちが再び揺れることもあります。期間だけで自分を判断せず、生活への影響が大きいときは相談してください。
泣けないのですが、おかしいですか?
おかしくありません。悲しみの表れ方は人によって違い、涙が出ない人、何も感じられないように思える人、忙しく動き続ける人もいます。特定の形で気持ちを表さなければならない、ということはありません。
前向きにならないと、治療に悪い影響がありますか?
「前向きでいること」は、治療を受けるための条件ではありません。前向きになれない自分を責める必要はありません。つらい気持ちは、無理に打ち消すより、話せる人や場所を見つけることが助けになります。
家族のほうが、本人より落ち込んでいます
支える家族にも、悲しみやつらさがあって当然です。がん相談支援センターは、患者さんのご家族も無料・匿名で利用できます。家族自身の心のケアも、遠慮せずに相談してください。
カウンセリング(心理療法)は効果がありますか?
大切な人を亡くしたあと、強い悲嘆が長く続いている方を対象にした研究では、悲嘆に焦点を当てた心理療法の効果が、比較試験で示されています。ただし、これは死別後の強い悲嘆についての結果で、がんに伴うほかの喪失や、すべての人に一律に当てはまるものではありません。
薬を飲めば、悲しみはなくなりますか?
悲しみそのものを消す薬はありません。死別後の強い悲嘆を対象にした2016年の比較試験では、抗うつ薬を加えても悲嘆の中心的な症状への上乗せ効果ははっきりしませんでしたが、併存する抑うつ症状の改善には役立ちました。薬が必要かどうかは、医師と相談して決めましょう。
緩和ケアは、末期でなくても相談できますか?
はい。緩和ケアは、がんと診断されたときから受けられる支援で、体の痛みだけでなく、気持ちのつらさや仕事・将来への不安なども対象にしています。
どこに相談したらいいですか?
まずは主治医や看護師、病院の緩和ケアチームへ。どこに相談すればいいか分からないときは、がん相談支援センターが入り口になります。心理職(公認心理師・臨床心理士)や、精神腫瘍科・精神科・心療内科につないでもらうこともできます。
まとめ
がんで経験する喪失は、周りから見えにくく、自分でも言葉にしにくいものです。でも、「これも喪失だったんだ」と気づくこと、「こんな気持ちになってもいいんだ」と認めることは、悲しみと付き合っていくための大切な一歩です。
悲しみを急いで乗り越える必要はありません。つらさが大きいときは、ひとりで抱えなくていい。主治医や看護師、がん相談支援センター、心理職、そして同じ経験をした人たちが、あなたのそばにいます。
「消えてしまいたい」「死にたい」「自分を傷つけたい」という気持ちがあるときや、自分の安全を保つのが難しいと感じるときは、このページを読むことより、今すぐ誰かにつながることを優先してください。電話やSNS・チャットで相談できる窓口が、厚生労働省「まもろうよ こころ」にまとめられています。
相談窓口を見る(厚生労働省「まもろうよ こころ」)IROHAは、緊急時にリアルタイムで対応できる相談窓口ではありません。命の危険が迫っているときは、迷わず119番・110番に連絡してください。
主な出典(情報確認日:2026年10月18日)
- 国立がん研究センター がん情報サービス「がんと心」
- 国立がん研究センター がん情報サービス「緩和ケア」
- 国立がん研究センター がん情報サービス「がん相談支援センターとは」
- 国立がん研究センター がん情報サービス「妊孕性(にんようせい)」
- 日本サイコオンコロジー学会「診療ガイドライン」(遺族ケアガイドライン、気持ちのつらさガイドライン)
- Shear K, et al. Treatment of complicated grief: a randomized controlled trial. JAMA. 2005
- Shear MK, et al. Optimizing Treatment of Complicated Grief: A Randomized Clinical Trial. JAMA Psychiatry. 2016
- Bryant RA, et al. Cognitive Behavior Therapy vs Mindfulness in Treatment of Prolonged Grief Disorder: A Randomized Clinical Trial. JAMA Psychiatry. 2024
- 厚生労働省「まもろうよ こころ」
相談窓口の情報は変わることがあります。最新の受付時間などは、各窓口の公式ページでご確認ください。