父の告知を、私は「後から」知った
父が大腸がんと診断されたのは、昨年の秋のことでした。告知を受けたのは父本人と母だけで、私が知らされたのは2週間ほど経ってから。「心配させたくなかった」と言う父の言葉を聞いて、正直、少しだけ傷つきました。
でも後から考えれば、それは当然の反応だったのかもしれません。親は子どもを守りたい。どんな年齢になっても、それは変わらない。私が「早く教えてくれれば良かったのに」と思ったように、父も「息子を心配させたくない」と思っていた。
コミュニケーションのすれ違いは、がんという診断を前にすると、より深くなるように感じました。
「家族のために心配させまいとする気持ちが、逆に家族を遠ざけてしまうことがある。それを、このとき初めて実感しました」
「何かしてあげたい」けど、何もわからなかった
告知を受けてから、私は父のために何かをしようと動き始めました。でも、何をすべきかが全くわかりませんでした。「大腸がん 治療法」と検索すると、膨大な情報が出てくる。標準治療、ステージ別の生存率、手術か抗がん剤か、免疫療法、サプリメント——。
情報は多いのに、父の状況にどれが当てはまるのかがわからない。「ステージIII」という言葉を見て、自分なりにネットで調べると、数字が並ぶだけで、父の顔がちらついて頭に入ってこない夜が続きました。
医師への同席を申し出ると、父は「大丈夫だ」と言いました。最初のうちは断られましたが、ある日の診察に同席できたとき、やっと「今、父に何が起きているか」が少しだけ見えた気がしました。
家族が「聞いてはいけない」と思っていたこと
私が父に聞けなかったことのひとつが、「どんな治療を望んでいるか」でした。「副作用が辛いなら、治療を緩めることもできる」「もし手術が難しければ別の選択肢もある」——そういう話を父にしていいのか、わからなかった。
もしかして、弱気なことを言って父の気力を削いでしまうのでは。でも逆に、本人が一番知りたいことを、家族が遠慮して聞かないままでいるのも、どこか違う気がしていました。
IROHAのAIナビで相談したとき、「患者本人の意思確認は、早い段階でしておくほど選択肢が広がりやすい」という視点を提示してもらいました。医療の話ではなく、価値観の対話として「父がどう生きたいか」を聞くことの大切さを、そこで初めて整理できた気がします。
「本人の意思」を中心に置くこと
- 治療の選択は、最終的には患者本人のもの
- 家族の役割は「決めること」ではなく「一緒に考えること」
- 本人が話したくないときは、その気持ちも尊重する
- 情報収集は家族が担い、選択肢を整理して本人に提示する方法もある
父と話せた日のこと
治療が始まって3ヶ月ほど経った頃、久しぶりに父と二人で食事をしました。特別なことを話そうとしていたわけではありません。ただ、いつもと違ったのは、私が「お父さんはどうしたい?」と聞けたことです。
父は少し間を置いてから、「治ることより、できるだけ痛くなく過ごしたい。手術は怖いけど、もし乗り越えられるなら孫の顔が見たい」と話してくれました。その一言が、私が何ヶ月も探し続けていた答えでした。
「治す」ことだけに意識を向けていた私が、初めて父の「生き方」の希望を聞けた瞬間でした。
「家族としての役割は、治療の専門家になることではなく、本人が何を望んでいるかを一緒に考えられる存在でいることだと気づきました」
家族として、今できること
父の治療はまだ続いています。すべてが解決したわけではないし、不安がなくなったわけでもありません。でも、以前より父と話せるようになりました。
家族に病気の人がいると、「何かしなければ」という焦りが先立ちます。でも大切なのは、まず「聞くこと」なのかもしれない——同じ状況の方がいたら、そう伝えたいと思っています。