山あいの別荘地で、夫婦二人で営んできた「りんごカフェ」。料理を担当していた奥さまの牛すじカレーを目当てに、遠方からもお客さんが訪れる店でした。お店が軌道に乗り始めた開店から約1年後、奥さまにスキルス胃がんと腹膜播種が見つかります。

そこから約4年。治療と生活のすべてを二人で乗り越えようとしてきた日々は、2026年2月、奥さまが亡くなったことで一つの区切りを迎えました。

「もう腹膜播種とか、がんってもう常に進行してるんで、その日その日で、もうすぐに判断せんことには、もう絶対後悔するんですよね」

「この後悔は、今まで誰にも言っていなかった」——そう話してくれたりんごカフェ主人に、告知の日のこと、治療を諦めなかった理由、今も消えない後悔、そしてスキルス胃がん・腹膜播種と向き合う人とご家族に伝えたいことを伺いました。

プロフィール
  • りんごカフェ主人/山あいの別荘地で、奥さまと二人でカフェを営む
  • 開店の約1年後、奥さまにスキルス胃がん・腹膜播種が見つかり、約4年間の闘病を支える
  • 2026年2月に奥さまを見送る。闘病中は奥さまと二人で、Instagramを通じて同じ病気の方からの相談に応えてきた
  • 現在は、奥さまの「同じ境遇の人の力になりたい」という思いを引き継ぎ、発信を続けている

始まり——「ただの胃の不調」だと思っていた

最初は、胃の調子が悪いという訴えでした。近所の小さな医院で胃潰瘍と言われ、薬を飲むと痛みは和らいだといいます。二人とも「胃潰瘍なのだろう」と思い込み、それ以上深く考えることはありませんでした。

しかし、痛みはなかなか治まりません。あまりに痛がるため改めて相談すると、大きな病院を紹介され、胃カメラを含む検査を受けることになりました。

「その時もうそんな大したことないと思っとったから。二人とも胃潰瘍やと思い込んでたんで」

告知——「これは現実じゃないやろ」

検査から約1か月後。結果を聞きに行く車の中で、二人はたまたま喧嘩をしていて、黙ったまま診察室に入ったそうです。そこで医師から告げられたのが、「スキルス胃がん」という病名でした。さらに、腹膜播種があればより厄介になると説明を受けます。

「もう何の準備もないし、それ現実なのか夢なのかっていうふうにも思ったし。二人とも思ったのが、もう同じような思いでしたね。これは現実じゃないやろと」

奥さまは、身近な親族をスキルス胃がんで亡くしていたこともあり、病名を聞いた瞬間に「もうあかんわ」と感じたといいます。紹介状を持って、がん専門の大きな病院で改めて検査を受けましたが、結果は変わりませんでした。腹膜播種が広がっており、余命は半年から1年と告げられます。

最初の2週間は、二人ともまだ現実を受け止めきれずにいました。大きな病院で改めて説明を受けた帰り道、奥さまは思いきり泣き、2〜3日ほとんど話さなくなったそうです。

「まだ死にたくない」——妻の一言で、二人の闘病が始まった

余命を告げられたとき、主人は奥さまに「治療を諦めて、好きなことをして過ごす道もある」と伝えたといいます。返ってきたのは、思いがけない言葉でした。

「嫁が『いや、私はまだこんなんでは負けへん』って言い出して。それで僕も、あかんわと思って。諦めたらダメと思って」

がんで亡くなったお父さまよりは長く生きたい——。奥さまのその思いを聞いて、主人は腹をくくります。蓄えも多くはなく、お金や仕事の心配もありました。それでも、まずは治療を中心にすると決めました。

「あなたを中心に俺は動くから、あなたももうがんの治療を中心に動いてくれ、と僕は言ったんですね」

治療の日々——副作用と、見えない腹膜播種との闘い

抗がん剤治療は、副作用との闘いでもありました。手足のしびれ、水を飲んだだけで口の中がしびれる感覚。「がんのことを忘れるぐらいの副作用」だったといいます。それでも治療を続けるなかで検査の数値が下がり、腹腔鏡でお腹の中を確認したうえで、胃を切除する手術を受けることができました。

手術後しばらくは思うように食べられず、体重も落ちましたが、少しずつ食べられるようになり、お店を再開できるまでに回復します。ただ、主人は腹膜播種の難しさを次のように話します。

「腹膜播種っていうのが目に見えないんですよね。いくらなくなったって言われても、目に見えないとこがあるんです」

その後、腹膜播種は再発します。せっかく普通の生活を取り戻したあとだっただけに、奥さまの落ち込みは、最初に告知を受けたとき以上だったといいます。「もう好きなことをして過ごそうか」——奥さまがそう口にした時期もありました。

「ただ僕はね、もう諦めきれなかったんで」

主人は、以前から調べていた腹膜播種の治療について、別の病院にセカンドオピニオンを求めます。費用の不安も含めて医師に正直に相談し、説明を受けたうえで、二人でお腹の中に直接抗がん剤を投与する治療を受けることを決めました。片道2時間以上かかる通院を、雪の日も休まず続けたそうです。

闘病の経過をInstagramで発信していた奥さまのもとには、同じ病気の方やご家族から多くのメッセージが届くようになりました。奥さまは自分の体調がつらいときも、最後まで一つひとつに返事を送り続けていたといいます。

※ 治療の内容・効果・受けられる条件は、病状や医療機関によって異なります。本記事は特定の治療法や医療機関をおすすめするものではありません。

最期の数か月——「家に帰りたい」

それから数年、治療を続けながら、お店を開ける日々もありました。しかし、長く続いた治療の影響で体力が落ち、やがて腸が狭くなって食事が通りにくくなります。人工肛門(ストーマ)をつくる手術が検討されましたが、体調が整うのを待つうちに時間が過ぎていきました。

2026年2月、ようやく手術を受けます。手術そのものは無事に終わりましたが、主人だけが、残された時間はもう長くないと告げられました。奥さまは「家に帰りたい」と強く望み、自ら地元の医師に連絡して段取りをつけ、手術から1週間ほどで自宅へ戻ります。自宅での療養に切り替えて約10日後、奥さまは家で息を引き取りました。

消えない後悔——「あの時、鬼になっていれば」

「後悔はありますか」と尋ねると、主人はすぐに「もう後悔だらけですね」と答えました。

手術を先延ばしにしたこと

腸が狭くなっていると分かった前年の秋、医師からは早めに手術をする選択肢も示されていました。しかし奥さまは、毎年楽しみにしていた娘さんたちとの旅行を優先したいと望み、手術は旅行のあとに持ち越されます。その間、体調が整わず抗がん剤治療も続けられませんでした。

「あの時にもう本当に鬼になって、もう旅行行かさんと、もう手術の段取りを勝手に組んでやればよかったなっていうのがあります。それがもう今でも、どの時でも、それだけはもう自分を責めますね」

「僕の中では、多分これ死ぬまで後悔するんやろうなと」

「かわいそう」で、栄養をとることを強く言えなかったこと

治療を続けるには体力が必要で、医師からは栄養剤を処方されていました。しかし、奥さまはその味がどうしても苦手で、ほとんど飲めなかったといいます。主人は「かわいそうだから」と、強くは言えませんでした。

「無理で、怒ってでも何してでも、まずその栄養剤を飲ませばよかったと思ってたんですよね」

最初の「胃潰瘍」を軽く見ていたこと

「初めに胃潰瘍って言われた時に、もう軽く見すぎてましたね。しかも胃潰瘍って言われてるのに、検査するのもだいぶ遅くなったと」

さらに、治療がうまくいっているように見えた時期に気を許してしまったこと、数値の変化をもっと医師に突っ込んで確認すればよかったことも、後悔として挙げてくれました。

「後回し」にしないでほしい——早く動くことの大切さ

主人が今いちばん伝えたいのは、「後回しにしないでほしい」ということです。奥さまと同じ時期に同じ病気と向き合っていた仲間の中には、家庭の事情などから治療を後回しにせざるを得なかった人もいたといいます。

「結局後回しにするのは、お金があるから、仕事があるから、誰々が言ってるからとか。もうそういうことで後回ししたり、動かないっていう人が、もう現実見てきて、何人かそういう人は早く亡くなってはるんですよね」

相談を受けて病院の情報を伝えても、「来月行きます」「今の治療をもう少し続けてから」という返事が返ってくることも少なくないそうです。

「結局もうそれじゃ遅いんですよね。もう、その日その日でね、すぐに判断せんことには」

支える家族も、一人で抱えないで

奥さまを見送った約2週間後、主人はお母さまもがんで亡くしています。二人の通院に付き添い続けた経験から、支える家族の苦しさにも目を向けてほしいと話します。

「本人が一番つらいのはわかるけど、その時に寄り添ってる家族って、もう本当に考えることがすごいんですよね。もう尋常じゃないんですよ、正直」

「お金の問題とか仕事の問題とかあるんですけど、それを考えたらもうこんな無理やってなるんですけど、パッと本人見ると、そんな言ってられへんってなる。もう毎日頭の中で、ずっとそれがあるんですよ」

絶望的な検索結果の中で——それでも、希望を探す人へ

スキルス胃がん・腹膜播種と告げられた人やご家族は、必死にインターネットで情報を探します。しかし、目に入るのは厳しい数字ばかりだといいます。

「スキルス胃がん腹膜播種って宣告されると、ネットで検索すると、もう余命とか、生存率とか、それしか出てこないですよ」

「ちょっとでもそういう情報が載ってるってなれば、もうみんな、すがるようにすがるんでね。だからもう大事だと思うんですよね」

奥さまは生前、「私みたいな境遇の人はいっぱいおるから、何とかしてあげたい」「全国を回って伝えたい」と話していたそうです。主人は最初、その活動を「正直、邪魔くさいと思っていた」と笑います。それでも、つらい体調の中で相談に応え続ける姿を見て、考えが変わりました。

「偽善でやってるんじゃなくて、ほんまにそう思ってんねやなと思ったんでね。亡くなった後に、供養じゃないけども、それぐらいはもうやってあげようかなと思ったんで」

いつか、りんごカフェを、がんと向き合う人やご家族が集まって話せる場所にしたい——それが、二人で描いていた目標の一つだといいます。

「自分の後悔がもう拭えないんで、他の人を後悔させないようにすることによって、自分がちょっとでもマシになるかなって思ったんで」

IROHAから読者へのメッセージ

「私はまだこんなんでは負けへん」。余命を告げられてもなお前を向いた奥さまの言葉と、「その日その日で、すぐに判断してほしい」という主人の言葉。二つの言葉は、スキルス胃がん・腹膜播種と向き合う方とご家族に、同じことを伝えているように感じます。諦めずに情報を探すこと、そして、迷ったまま時間を過ごさないことです。

インタビューの内容をもとに、読者の方にお伝えしたいことを整理しました。

この体験から、いまできること
  • 「いつもと違う」「薬を飲んでも治まらない」と感じたら、様子見を続けず、早めに医療機関に相談する
  • 説明に納得できないときや、他の選択肢を知りたいときは、担当医にセカンドオピニオンを相談する
  • 気になる数値や体調の変化は、遠慮せずに担当医に質問する
  • 治療のタイミングに関わる判断は、先延ばしにせず、家族で早めに話し合う
  • 支える家族も一人で抱え込まず、相談できる場所や人とつながる

IROHAは、特定の治療法や医療機関を推奨・保証する立場ではありません。一人ひとりが必要な情報を知り、納得して選べるよう、体験談や情報を届けていきます。スキルス胃がん・腹膜播種についての基本的な情報は、特設ページでもまとめています。

本記事は、りんごカフェ主人へのインタビュー内容をもとに、読みやすさを考慮して構成・編集しています。語り手の言葉は、意味を変えない範囲で表現を整えています。治療の経過や副作用は個人の体験であり、すべての方に同じ経過や効果が当てはまるものではありません。医療機関名・医師名は掲載していません。治療方法の選択や変更は自己判断せず、必ず担当医など医療者にご相談ください。

この体験について、さらに深く知る

体験談から病状の理解、そして相談へ。3つのステップでつながります。

1 体験談を読む

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2 スキルス胃がん・腹膜播種について知る

基本情報と、医師に確認したいことを整理する

3 適した先生を提案してもらう

AIコンシェルジュ「いろは」に相談する

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