がん薬物療法看護認定看護師として、長年、抗がん剤治療を受ける患者さんに寄り添ってきたみささん。がん患者さんをもっと支えたいと学びを深めた翌年、自身が乳がんと診断されました。
患者さんに抗がん剤を投与しながら、自分も抗がん剤治療を受ける。専門家として「分かっている」からこその葛藤、再発を覚悟した日、そして「自分の人生を生きよう」と決めるまで——。みささんの歩みを伺いました。
「自分が抗がん剤の椅子に座って反対を向いた時の景色が、全く違って。こんなふうにしてたんだなって、知ることができました」
- みささん(kokoronomana)/看護師30年・がん薬物療法看護認定看護師・ライフコーチ
- 40代前半で右乳がんと診断。手術、抗がん剤治療、放射線治療を受け、ホルモン療法を継続中
- 治療を経て離婚、転職、再出発。自身の経験をもとにした映画『RevivaL ~蘇生~』で脚本・主題歌を担当
- 現在は「私はどうしたい?」を大切にするコーチングと、乳がん経験の発信を続けている
- Instagram:@kokoronomana
発症前——「支える側」だったからこそ、自分は大丈夫だと思っていた
看護師として働き始めてから、ずっと常勤で勤務してきたみささん。家庭と仕事を両立しながら、がん患者さんを支えるための専門研修を受け、その後もがむしゃらに働いていました。
一方で、自分自身の検診からは遠ざかっていたといいます。
「医者の不養生じゃないですけど、検診とか全然行ってなくて。自分はなんか大丈夫、みたいなところがあって」
発見——ベッドで気づいた、小さなしこり
ある夏の日、ベッドに横になったとき、胸に何かが当たる感覚がありました。触れてみると、しこりのようなものがあったそうです。
「筋肉かな?とか思うけど、なんとなくやっぱり悪い予感が」
週明けすぐに勤務先の病院で検査を受け、右乳がんと診断されました。
治療——「分かっている」からこその抵抗と、選んだ理由
治療は手術、抗がん剤治療、放射線治療。ホルモン療法は今も続けています。長年、患者さんに抗がん剤をすすめてきた立場でありながら、自分が受けるとなったときには強い抵抗があったといいます。
「抗がん剤を自分で投与してるくせに、散々人に勧めて、自分がやるって言った時にめちゃくちゃ抵抗あったんですよ。なんかもう、女性としても終わったな、みたいな」
それでも、みささんは治療を受けることを選びました。
「嫌だけど、やんないとあとで後悔するな、みたいなのはありました」
治療中も仕事は休みませんでした。抗がん剤を受けた後の数日は動けないほどつらく、休みを挟んでから職場に戻る日々だったといいます。
「へろへろになりながら患者さんに投与するみたいな。投与されながら、投与して」
※ 治療の内容や経過は、みささんご本人の体験です。がんの種類や状態によって治療の選択肢は異なります。治療方針は必ず担当医にご相談ください。
「生かされた」——再発を覚悟した日
最初の診断のとき、「すぐに命に関わることはないだろう」と感じていたみささん。本当に死を意識したのは、治療から約半年後の検査でした。再発の可能性を指摘され、手術の日程まで決まったといいます。
多くの患者さんを見てきたからこそ、その意味の重さが分かってしまう。検査結果を待ちながら、一人で座っていたときのことを今でも思い出すそうです。
「ああ、これで終わりか、みたいな。そんなこと思いながら、一人でこう座ってたのを思い出すんですけれど」
しかし、その後の検査で再発ではないことが分かりました。
「あ、命もらったんやな。これは生かされたんやなって、すごく思って」
どん底——弱音を吐けなかった「プロ」の苦しさ
医療のプロとして、みささんは病気になっても弱音を吐くことがありませんでした。お母さまから「どうして弱音を吐かないの?」と聞かれたこともあったそうです。
「すごく我慢してたわけじゃないけど、なんとなくプロだし、分かってるし、みたいなので生きてきたんですよ」
仕事も家事もすべてを背負ってきた生き方を見つめ直し、みささんは治療中に離婚を決めます。その後、職場でも孤立を感じる時期が続き、約26年勤めた病院を離れました。
「鉄人みたいに、全部背負って仕事もできて、家事もできるわ、みたいな感じでやってたんですけど。結局体壊れるやんって思って。自分の人生ってなんだろうって考えた時に、あ、自分の人生を生きようって」
「どん底から抜けきるまでに、5年かかったかもしれない」と、みささんは振り返ります。
転機——映画が、すべてをさらけ出すきっかけに
転機は、映画制作をしていた現在のご主人との出会いでした。「自分は看護師しかできない」と思っていたみささんが、自身の経験をもとに脚本を書き、映画『RevivaL ~蘇生~』を制作。主題歌も担当しました。
それまで乳がんのことは「言いたい人にしか言いたくない」と閉ざしていたといいます。映画をきっかけに、自分の経験を隠さずに発信できるようになりました。
「がんになっても、どん底でも、何度でも、何歳からでも、何でもできるよっていうことをお伝えしたくて」
今、伝えたいこと——自分を後回しにしない
現在みささんは、がん患者さんと向き合ってきた経験と、自分が患者になった経験の両方を活かし、コーチングを通して人の本音に寄り添っています。
「自分を後回しにしない。それはわがままとか自分本位ではなくて、本当に自分のやりたいことを中心にやっていくっていうこと。苦しい頑張りをやめて、嬉しい頑張りとしてチャレンジしていくと、もっと人生も豊かになる」
治療の選択についても、「決めるのはご自身」という姿勢を大切にしてきたといいます。
「選択をその上でどっちか決めるのはご自身だよ。でも、ちゃんとお伝えしないといけないから」
そして、前向きになれない人にも、無理に変わらなくていいと話します。
「そう思えなかったら、それもまたいいんだよって。みんながこんなふうにしなくてもいい。私でよかったら側にいます、じゃないけど、共にいたいなとは思います」
最後に、今いちばん大切にしていることを尋ねると、みささんはこう答えてくれました。
「今一番は、やっぱり自分の気持ちに素直に、本音が何かというところを見ながら楽しく生きること。それを皆さんにも伝えたい」
IROHAから読者へのメッセージ
治療を「行う側」と「受ける側」。その両方を経験したみささんの言葉は、がんと向き合う方にも、支える方にも、「自分は本当はどうしたいのか」を問いかけてくれます。
- 「自分は大丈夫」と思わず、検診を受ける。気になる変化があれば、次の検診を待たずに早めに医療機関に相談する
- 治療の説明で分からないことは、遠慮せずに質問し、納得したうえで自分で選ぶ
- つらさを一人で抱え込まず、「弱音を吐いてもいい」と自分に許す
- 前向きになれない日があってもいい。自分の本音に目を向けることから始める
IROHAは、特定の治療法を推奨・保証する立場ではありません。一人ひとりが必要な情報を知り、納得して選べるよう、体験談や情報を届けていきます。
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