学生時代からコンテンポラリーダンスで自分を表現してきたやよぴぃさん。2018年の秋、自分で左胸のしこりに気づき、乳がんと診断されました。手術、抗がん剤治療、放射線治療。同じ時期に始まった、お母さまの介護。

それでもやよぴぃさんは「乳がんになったことが、むしろきっかけになった」と話します。2026年11月、乳がんを経験した女性たちが歩くランウェイ「SPOTLIGHT」に出場する直前、これまでの8年を伺いました。

「病気にはなっても、病人にはならない。乳がんですけど何か? みたいな感じでいたかったんですよ」

プロフィール
  • やよぴぃさん/学生時代からコンテンポラリーダンスを続けてきた。町役場のスポーツ振興員として、子どもたちにリズム体操などを教える活動を経験
  • 2018年秋、自分で左胸のしこりに気づき、乳がんと診断。左乳房の全摘出とリンパ節の手術、抗がん剤治療、放射線治療を受ける
  • 治療と並行して、お母さま、のちにお父さまの介護を担う
  • 2026年11月13日、乳がん経験者がそれぞれの生き様を表現するランウェイ「SPOTLIGHT」に出場(CHALLENGER #9)

発症前——心の底にしまい込んだ「踊りたい」

ダンスが大好きで、社会人になってからも「やっぱり踊りたい」と一度は仕事を辞めたやよぴぃさん。けれど思うようにはいかず、ダンスから離れることになりました。その後は仕事と子育て、家のことに追われながらも、「踊りたい」という気持ちはずっと心の底でくすぶっていたといいます。

「発症する3年ぐらい前に、それがもうマグマのように、自分が自分じゃないみたいな気持ちになってきて。毎日が楽しくない、何をしても心から笑えないみたいな感じになったんですよね」

眠れない日が続き、体はいつも重い。「疲れているだけ」と自分に言い聞かせていた頃、お母さまが脳出血で倒れ、介護が始まります。やよぴぃさんが乳がんに気づいたのは、そのわずか1か月後のことでした。

発見——自分で触れて「絶対そうだ」と思った

周りで乳がん検診に引っかかった人の話を耳にしていたこともあり、ある晩、横になって左胸に触れたやよぴぃさんは、しこりに気づきます。

「あれって思った瞬間、もう病院にかかる前に、絶対そうだって思ったんですよ。冷や汗がぶわって出て、もうドキドキして、怖くなって」

実はその年の3月にも、自治体の乳がん検診を受けていました。そのとき言われたのは「乳腺が白く写るタイプで、わかりにくい」ということ。「たぶん大丈夫でしょう」で終わった検診から半年で、自分で触れてわかるほどのしこりになっていたのです。

すぐに受診したのは、当時勤務していた町にある小さなクリニックでした。そこで、その日のうちにマンモグラフィ、超音波検査、細胞の検査まで進みました。

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「高濃度乳房」と言われたら

乳腺の割合が多い乳房は、マンモグラフィで白く写ります。これを「高濃度乳房」といい、病気ではなく乳房の性質のひとつです。ただ、白く写る乳腺に病変が隠れて見えにくいことがあり、超音波検査が発見に役立つ場合もあります。

  • 検診で「高濃度」「わかりにくい」と言われたら、今後の検診の受け方を医師に相談しておく
  • 検診で異常がなかった直後でも、しこりなど気になる変化があれば、次の検診を待たずに受診する

くわしくは「「検診」と「気になる症状」は別もの。乳房の変化に気づいたら」をご覧ください。

告知——後悔した「2週間の先延ばし」

結果を聞きに行った日、医師から紹介状を書くと告げられ、「やっぱりそうなんだ」と涙があふれました。その医師は、日本乳癌学会の患者さん向けガイドラインの本を見せながら、「これの通りにしていけば大丈夫だから」と声をかけてくれたといいます。

ところがやよぴぃさんは、大きな病院での検査の日を、仕事の運動会が終わるまで2週間先に延ばしてしまいます。

「その2週間の長いこと長いこと。この間に大きくなってたらどうしよう、いろんなとこに飛んでしまったらどうしようって。主人にも、これから検査は絶対に先延ばしにするのやめようなって言われて。もう自分の体を一番にしようって」

「だから皆さんに言いたいのは、分かった時に、仕事だからとか、子どもがいるからとか関係なく、もう検査を一番に優先してほしいっていうことです」

治療——夫が「セカンドオピニオンの先生」のように

手術は、左乳房の全摘出とリンパ節の切除。その後、抗がん剤治療と放射線治療を受けました。担当医は最初の診察から真摯に向き合ってくれる人で、「この方にお任せしたら大丈夫だ」と思えたといいます。

心強かったのが、ご主人の存在です。図書館で患者さん向けのガイドラインを借りてきて、隅から隅まで読み込み、診察では医師に次々と質問をしてくれました。

「主人がセカンドオピニオンの先生みたいな形になるぐらい。ネットで変に調べたりはもう絶対するなって。怖い情報とか、迷うこといっぱい出てくるだけやけん、私は見なくていいよって。本当に足を向けて寝れないぐらい感謝しています」

治療を終えたあと、やよぴぃさんは乳がんの専門家による市民向けフォーラムにも足を運びました。そこで聞いた言葉が、今も心に残っています。

「同じタイプの乳がんでも、あなたの乳がんは、あなたの乳がん。一人ひとりの乳がんに名前があるぐらい、個性が違うっていうお話をされていて、まさにそうだなと思って」

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治療の情報は、信頼できるところから

乳がんの治療は、がんの広がり(ステージ)と、ホルモン受容体やHER2などの「がんの性質」をもとに、一人ひとりに合わせて考えます。日本乳癌学会の「患者さんのための乳がん診療ガイドライン」や、国立がん研究センター「がん情報サービス」は、患者さんや家族が治療の考え方を知るための信頼できる情報源です。治療を始める時期などは、自己判断せず担当医と相談して決めましょう。

関連記事:「乳がんの治療はどう決まる? ステージと「がんの性質」で変わる選択肢」

治療中の暮らし——副作用、仕事、そして介護

やよぴぃさんは治療中も仕事を続け、手術から2週間後には職場に戻りました。リンパ節を取った影響で、脇には「硬いものをぐっと押し当てられているような」痛みが続き、腕も上がりにくかったといいます。それでも子どもたちと一緒に体操をし、踊ることが、結果的にリハビリにもなったと振り返ります。

抗がん剤治療では、吐き気や、口の中がざらざらして何を食べてもおいしくない、という副作用がつらかったそうです。そして同じ時期、車いす生活になったお母さまの介護も続いていました。

「自分の治療もきつかったけど、私はどっちかと言うと介護の方がきつかった。両方がドーンといきなりふっかかってきてしまったんで、必死にもがく時間は長かったですね」

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つらさを一人で抱えないために

  • リンパ浮腫:わきのリンパ節の手術のあと、腕や手がむくむことがあります。いったん起きると治りにくいこともあるため、予防のための過ごし方を医療者に確認しておきましょう。
  • 副作用:吐き気や味覚の変化などは、我慢せずに伝えることで和らげる方法があります。→「支持療法とは?副作用を「がまん」しないための基本と対処法」
  • 介護や仕事との両立:全国のがん診療連携拠点病院などにある「がん相談支援センター」では、治療と生活の両立について、患者さんや家族が無料で相談できます。

転機——「底を蹴って、上がっていくだけ」

不思議なことに、やよぴぃさんにとって一番つらかったのは、乳がんがわかる前の数年間だったといいます。

「乳がんが見つかった時に、もう私はこれは底まで行ったなと思ったんですよ。もうこれは底を蹴って上がっていくだけだなって。これを治してダンスするぞって、本当に思ったんですよね」

結果を待つ待合室で、テレビから流れてきたのは、樹木希林さんの訃報と、娘の内田也哉子さんが紹介した希林さんの「おごらず、人と比べず、面白がって、平気に生きればいい」という言葉。「私もこんな境地になれるかな」と思いながら見ていたことを、今も覚えているそうです。

治療を終え、髪がまだ短く生えそろったばかりの頃、やよぴぃさんは県の芸術祭のチラシを見つけ、18年ぶりに舞台で踊ることを決めます。乳がんのことは誰にも言わずに出場し、準グランプリを受賞しました。

「あの人病気したのに頑張ってるねとか、病気した割には動けるねって言われるのが一番嫌やなと思って。それ抜きで、自分の表現を純粋に見てほしかったんです」

スタジオで両腕を伸ばして踊るやよぴぃさん
ダンスは、やよぴぃさんにとって「自分を表現する」こと

その後も毎年舞台に立ち続けますが、厳しい講評を受けては落ち込み、また立ち上がる——そんな葛藤の日々も続きました。入院前に手に取った「我慢しなくていい」と語りかける本や、2018年から書き続けてきたノートを支えに、やよぴぃさんは7年かけて、自分自身と向き合ってきたといいます。

「別に好きでいいよ、辞めなくたっていいじゃんって言われたんですよね。好きは勝つだろって。情熱だけは負けないって言ったら、じゃあそれでいいじゃんって。なんか一番こだわってたのは自分だったんだなって」

見送って——「自分の人生を生きなさい」と背中を押された

昨年、やよぴぃさんは3か月のあいだに、お母さま、おばあさま、お父さまを見送りました。施設に入ってもらってからは心に余裕が生まれ、毎日のように会いに行けたこと。最期は家族みんなでお母さまを看取れたこと。その時間は「尊い時間だった」といいます。

「母が、もう十分やってくれたから、自分の人生を生きなって言ってくれた気がして。次のステップを踏みなさい、ステージへ行きなさいって言われてるんだろうなと」

その後、思い切って女性の起業塾に参加。最後のプレゼンの準備をしていたとき、スマートフォンに流れてきたのが、乳がん経験者が歩くランウェイ「SPOTLIGHT」の出場者募集でした。

ランウェイ「SPOTLIGHT」へ——自分から乳がんを語るということ

役場を退職する際など、身近な人たちには乳がんについて伝えていました。一方、自らの経験を広く発信することには、これまで距離を置いてきたやよぴぃさん。「乳がんを経験された方」が歩く舞台に立つSPOTLIGHTへの出場は、自分自身の経験を改めて言葉にし、公に伝えていく大きなきっかけになりました。

「言っちゃった方が、なんかスッキリしたんですよね。結局最後に残るのは、ありのままの自分を許容してくれる人。それはそれで生きやすいかなって」

本番は2026年11月13日。くしくもその翌日、11月14日は、8年前に手術を受けた日です。「なんか運命を感じて、出ようって思ったんですよ」。

SPOTLIGHT CHALLENGER #9 やよぴぃ
生き様を魅せるランウェイ SPOTLIGHT 2026年11月13日(金)大阪市中央公会堂 開場13:30・開演14:00
イベント情報

生き様を魅せるランウェイ「SPOTLIGHT」

  • 日時:2026年11月13日(金)開場13:30/開演14:00
  • 会場:大阪市中央公会堂

チケットなどの最新情報は、主催者の案内をご確認ください。

これから先、やよぴぃさんが形にしたいのは、技術を競うダンス教室ではなく、心と体を解放する場所。お父さまが残してくれた部屋を拠点に、ジャーナリングも取り入れながら、人と話し、体を動かせるコミュニティをつくりたいと考えています。

「みんな我慢しすぎ。我慢しなくていいよっていうのを、自分の経験を通した上で伝えられる人になりたい。楽しくなければ、する意味はないと思ってるんで。自分も楽しく、みんなも楽しく」

まだがんに直面していないあなたへ

「心の中に、すごく大事なものがあるけど、今さら言ったところで、やったところでって思ってる人がいたら、その火は絶対消さないでいてほしい。いつかそれがブワーって燃え上がってくる時が来るから」

「無理やり自分を引っ張り出さなくていい。でも、推しのライブに行きたいっていうような小さな気持ちでも、それがあなたにとって大事なことなら、『ごめん、私これ大好きやけん行くわ』って言って行く。その一歩で、たぶんどんどん変わってくることがあると思います」

そしてもうひとつ。体の変化に気づいたら、仕事や家族のことよりも、まず自分の検査を優先すること。2週間の先延ばしを悔やんだやよぴぃさんだからこその、まっすぐなメッセージです。

IROHAから読者へのメッセージ

乳がん、介護、思うようにいかない夢。やよぴぃさんの8年は、決して順風満帆ではありません。それでも「病気になっても病人にはならない」と、自分の大切な火を消さずに歩いてきた言葉は、今まさに迷っている誰かの背中を、そっと押してくれるはずです。

この体験から、いまできること
  • しこりなど気になる変化に気づいたら、次の検診を待たずに受診する。検査は後回しにしない
  • 検診で「高濃度乳房」「わかりにくい」と言われたら、今後の受け方を医師に相談する
  • 治療の情報は、ガイドラインや公的機関など信頼できるところから。分からないことは担当医に質問する
  • 副作用や心のつらさ、介護との両立は、一人で抱えずに医療者やがん相談支援センターに相談する

IROHAは、特定の治療法を推奨・保証する立場ではありません。一人ひとりが必要な情報を知り、納得して選べるよう、体験談や情報を届けていきます。

本記事は、やよぴぃさんへのインタビュー内容をもとに、読みやすさを考慮して構成・編集しています。語り手の言葉は、意味を変えない範囲で表現を整えています。治療の経過や副作用は個人の体験であり、すべての方に同じ経過や効果が当てはまるものではありません。治療方法の選択や変更は自己判断せず、必ず担当医など医療者にご相談ください。
「がんの情報」の出典:国立がん研究センター がん情報サービス「乳がん 検査」「乳がん 療養」、厚生労働省「高濃度乳房について」(情報確認日:2026年10月4日)

この体験について、さらに深く知る

体験談から病状の理解、そして相談へ。3つのステップでつながります。

1 体験談を読む

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2 乳がんについて詳しく調べる

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3 適した先生を提案してもらう

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